今回の旅で訪れたレストランのうち、自分のなかでどう位置付ければよいのかで最も悩んだのがムガリッツだ。
Mugaritzは2015年ミシュラン2つ星、スペイン国内での評価も高く、現地のレストランガイド「Guia Repsol」でも太陽マーク3つ(3つが最上)、サンペレグリノのベストレストラン50では世界6位である。
私がMugaritzの料理を頂くのはこれが3度目。
2009年8月、2010年8月、そして今回だ。
この1回目と2回目の間に、Mugaritzにとって大事件が起こっている。
厨房の火事による一時閉店だ。
もう5年前のことになるが、2010年2月15日未明、Mugaritzは厨房から火事を出し、ダイニングは大丈夫だったものの厨房が全焼、それから店は4ヶ月ほど閉店せざるを得なくなった。春の食材が豊富な時期の閉店でもあり、それが店にとって、有形無形のダメージとなってどれだけのしかかったか、想像に難くない。
料理・サービスひっくるめた全体の率直な感想を言えば、2010年と今回の5年間の変化より、火事前後、2009年と2010年の1年間の変化の方が大きかったと思う。
シェフのアンドーニ・ルイス・アドゥリス氏は親日家ということもあり、日本との結びつきが強い。
この火災のときも、日本の料理関係者やシェフたちの寄付があったそうで、今の新しい厨房の入り口には、そのときの感謝の文字が日本語で刻まれている。
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私たちが店を訪れたのは午後9時、まだ陽が長い8月のスペインもとっぷりと暮れ、もうすべてのゲストが食事を始めており、私たちがほぼラストの客だった。
ガラスのドアを開ける。
自分で。
レセプショニストを置いておらず、この時刻にゲストが来るという注意をだれもはらっていない。
ドアの音でサービスの人が出て来てくれるわけでもない。
「まあスペインのレストランは、いま世界1位の称号を持つ某店ですら同じようなものだったし、こちらも鷹揚にいかなきゃ…」という気持ちにはなる出だしだ。
Mugaritzの料理は、「自然へのオマージュ」を標榜するだけあり、少量多皿、料理をあまり作り込まない、ひと皿に盛る食材も少なめ、それでいてその取り合わせや提供の仕方一つ一つに驚きがある料理が特徴だ。
アンドーニはインタビューで「私は複雑になりすぎた料理を単純化しているだけ」と語っており、その引き算の感覚と素材重視の盛り付けは、多分に日本の懐石料理の姿と重なる部分がある。
今回は全22皿。
Comb and coral biscuit.
Marine cold cuts.
Tiger nuts with caviar.
Gelatinous salmon mille-feuille.
Live cannellone.
Blue bread and anchovy.
Salting of ashes;orchids and ferns.
Cold duck pastrami.
Shabed ice,liquor and carrot.
Mousse of cream and stone crab.
Hake slices and roe.
Clams and Dhalias.
Sea anemones and vefetable touch.
Grilled and bathed sting ray.
Ail glace.
Beef candy.
Eucalyptus smoked loin of lamb with its cultivated wool.
The cheese.
Peanut.
Anis waffle.
Jasmine and hay.
Almond curd white peach.
そのなかのいくつか。
タイガーナッツのスターチとキャビア。
タイガーナッツはスペインでは「チュファ」と呼ばれる豆に似た塊茎。栄養価が高く、「オルチャータ」という名前でよくジューススタンドなどで売っていたりする。豆系のあっさりした甘みとキャビアの塩気。
ベビーキャロット、ココナツウォーター。
ココナツウォーターのかき氷が繊細で、人参の繊細さをひきたてている。
この時期にベビーキャロットは定番なのか、09年にも出ていた。
(09年のベビーキャロット)
今回09年のMugaritzのコース料理の写真を見直してよくわかったのが、今回はソースやスープがほぼ全くなかったこと。
今は以前よりさらにラディカルに「素材に近い料理」といえるのかもしれない。
メインの「ラムとラムスキン」。
ユーカリの枝でスモークされたラムと、その皮を食べられるように加工して載せてある。
塩鮭とその皮ではないが、肉のうまみは肉そのものより皮により強く出ているように感じられる新鮮な感覚があった。
Mugaritzの新しさとは何だったのか。
それは、料理に、自分自身を見つめ直し、記憶を呼び起こす力があることに気づかせてくれたことだと思う。
「おなかがいっぱいになる幸せ」から一歩進んで、食べ手の内面に踏み込んでくる料理といえばいいのだろうか。
料理が、視覚や嗅覚にうったえたり、見た目と味のギャップなどの錯覚を利用したりして、食べ手に何かを問いかけて来る……
このように料理に精神性を加えることができるのか――と、初訪問のとき、目を見開かれる思いがしたのをよく覚えている。
つまり、「自分とはどんな存在なのか」を食べ手が見つめ直すきっかけとなるような精神性を、料理にもたせることができるのだ、と知った驚きだったと思う。
09年のMugaritz。
最初に卓上に置かれる封筒を2通開けると、このような謎めいた文字が出て来た。
その頃にMugaritzに行かれたかたは覚えておられると思う。
感じ、想像し、回想し、発見する150分
瞑想の150分
不快、動揺、苛立ちに反抗する150分
苦しみへ反抗する150分
そのことばが何を意味するのか、答えは最後まで明かされない。しかしその言葉が、食べているあいだ中、自分自身に問いかけているように思えたのを思い出す。
それから、有名な「芋」。
見た目はまるっきり石で、食べるとほくほくのジャガイモだ。
当時はその見た目と味のギャップに驚き、食べるときにいかに視覚に頼っているかを思い知らされた。
食べながら、今回、足りないものは何なのかやっと気づいた。
言葉だ。
ここで料理が出されるときに最も重要なのは、言葉による説明ではないかと思う。
この料理に作り手のどのような思いがこめられているのか。食材名や産地や製法などの情報や作り手の思いは、メニュー表やサービスする人の口調から伝わるものだ。
私たちは情報を食べているなどというが、こんなときにこそ最も必要なのが言葉なのだ。
御託はいらないから、何かおいしいものを食べさせてくれ。
そういう客は、この店には不向きだったはず。
今回のMugaritzには、そのような、食べ手に何かを問いかけて来るような緊張感がなかった。
料理そのものにも。
今ここで料理と共にあるものは、リラックス感と、簡潔すぎるほどのメイン食材の名前だけ。
メニュー表に、メインの食材が何なのかは書いてある。それなのに、料理を持ってきたときの説明がほぼ、何もなかった。
さすがにそれでは、料理の中に精神性を見出すことなどできないではないか。
しかし、最後に、ダイニングでは気づけなかった「言葉」が実はあった。
ミニャルディーズ。
木製の器が積み上がった、高さ50cmくらいの巨大なこけしのような7つの器で出て来る。
そのときに何の説明もなかったが、帰宅してよく見たら、メニュー表の裏に答えがあった。
(写真には写っていないが、一つ一つの器にこの同じマークが彫り込まれている)
「7つの大罪」
PRIDE(傲慢)、
ENVY(嫉妬)、
WRATH(憤怒)、
GLUTTONY(暴食)、
GREED(強欲)、
LUST(色欲)、
SLOTH(怠惰)。
そして、そのうちの5番目「GREED(強欲)」の器だけは……空っぽだったのだ。
Mugaritz
http://www.mugaritz.com/
Aldura Aldea, 20, 20100 Errenteria, Gipuzkoa,
Spain
+34 943 52 24 55
予約→http://www.mugaritz.com/en/reservations/
2015シーズンは4/15~12/13。