成田→上海→杭州と徹夜で乗り継ぎ、朝6時にたどり着いた杭州には別世界が待っていた。
6月半ばの杭州は、樹木の青葉が美しい。
龍井茶の収穫期は終わっていたものの、そこらじゅうにある茶畑からは新芽が出ていた。
西湖を訪れるのは6月(陰暦)が良いとうたったのは蘇東坡だったかな。
龍井草堂をいちやく有名にしたのは、映画「99分、世界美味めぐり」(2014、原題Foodies)でとりあげられたあたりからだと思う。私がこの店のことを知ったのもこの映画だった。
引き算の美学を体現したような店と料理のたたずまいは、見る人に鮮烈な印象を残したようだ。いまはフランス外務省が監修した世界の料理店を順位づけするサイトLa listeにも載っている。
今回訪れた龍井草堂は、杭州・西湖の西側にある龍井茶の産地の獅峰山の中にある。
山の中といっても、杭州の市街地からバスで15分くらい。便もじゃんじゃん出ている。山と市街地がこんなに近くに接しているとは驚きだ。
山の中に庭園があり、そこに4棟8室の個室が点在している。
庭園の入口の係員に名乗ると、担当さんが案内してくれる。予約帳に、「外国人」と書かれていたのは私たちだけだった。
朝から降っていた雨が上がって、暗い個室の窓から緑の光が目にしみる。いいねえ。
冷碟三味
金蝉銀翎
古法裙仙
鮮蝦石榴包
舎得
雪菜鞭笋
汐溯刀魚
慈母菜
賽牛乳
最初にあたたかい豆乳。
豆乳に入れる乾燥海老やザーサイなどの薬味と、砂糖が盛られて出てくる。これと前菜は、胃袋をひらくためのひと品だという。
「甘い豆乳か甘くないプレーンな豆乳か、具を入れるものからお選びください。具を入れるのが杭州スタイルなのでおすすめです」
もちろん、おすすめに従う。
中国本土で飲む豆乳は、台湾よりはあっさりしている。
雪菜鞭笋
筍を薄くそいで火を通したもの。
杭州ではおなじみの料理で、このあとに行った金沙庁でも出た。龍井草堂のものは味付けもぎりぎりの淡さで、食感のさくさくは残っている。味は淡くても冴えていて、目が覚めるようだ。
舎得
青菜の上湯浸し。
青菜を剥いて芯の部分のみ出す料理で、このひと皿作るのに青菜5kg要るそうな。
この罰当たり感。
けどうまい。コーヒーも欠け豆や虫食い豆を除くだけで驚くほど味が良くなるというけど、それを思わせる……極限まで剥く、それだけのことでこの澄んだ味が出るのかというコロンブスの卵だ。
「舎得」とは「惜しまない」という意味らしい。
金蝉銀翎
鴨と冬虫夏草のスープ。
初球ホームラン的に飛び抜けていた。
冬虫夏草といってもいろいろあるらしく、ブータンで買った冬虫夏草より太いな…と思っていたら、キノコを寄生させるのがここのは蛾でなく蝉(セミタケ?)らしく、お値段はチベットで売られる蛾のより安いという。
鴨の味が強く出ていて、飲み終わるとそれが全部消えて、口の中に滋味だけが残る。
残りがポットに入ったまま部屋の隅に置かれたままになっていたので、持ち帰り用に包んでもらった。
次も、もの凄い鯖、ならぬもの凄いスープ。
すっぽんかな。コラーゲン質を上品に出している。脂身の溶け出した風味がとろりとあん状態になって、最初は少しくどい感じがした。が、白ごはんを投入すると、最後のピースがはまるようにぴったり。ごはんのためにその脂身が居るとしか思えないたたずまい。
豊かに味を足してその掛け合わせで200にするのでなく、60に足すべき40でその100に感動点が加わる感じだ。
軽やかに揚がっている魚。
味はひねりなしで普通、ただしその捌き方がふるっている。頭を切り落とさず3枚に下ろすのをぎりぎり頭で留めて、骨は取らずに綺麗に丸めている。
このあと訪れた龍井菜館でも、魚の背を落とさずにぎりぎりで背を繋げた状態で1尾を綺麗に蒸した野生鰻が出た。杭州付近は川魚をこのように美しく捌く伝統があるのだろうか?
食べてみると、骨の方に身よりも風味があった。
龍井草堂の料理は、これまで食べてきた杭州料理とずいぶん違っていた。引き算で味を構成していく発想はどちらかというと日本料理に似ている。
いわゆる高級食材は使わず、どれも比較的オーソドックスな杭州料理だ。
食材は果物、野菜、豚など自家農園からできるだけ調達し、菜っ葉の料理の残りも肥料になったりスタッフの食事になったりしているそうで、環境に配慮した、持続可能な料理を目指しているように見えた。
しかしながら、サスティナビリティと、ひと皿の青菜炒めに5kgの青菜を使うような素材の質に妥協しない姿勢とは、そもそも両立しがたいように思える。
それでもこれらの料理の単純なおいしさとにじみ出る品格に、問答無用で心を動かされてしまうのも事実で、なんというか、おいしければおいしいほど、食べることへの罪深さを考えないではいられなかった。
お皿・食器類すべてお店のオリジナル。
洗練の極みではなく、わりと素朴なデザインなのがここのテイストとして「らしい」感じ。
龍井草堂
杭州市龙井路399号
電話: +86 571 8788 8777
定休日 不定休