「最近のテーマは『はかなさ』なんです」
目の前に置かれたのは、グレーのメレンゲだった。
極薄で、提供される間にも山がほろほろと崩れてしまいそうな繊細さ。
さんまのメレンゲとさんまの身をどけると、その下からは鮮やかな赤の牛タルタルとブーダン。
味は繊細な見た目と反して濃いめ。魚と肉の組み合わせだ。
魚に肉という強いものと強いものを合わせてもおさまるのは、魚に比べて肉は少なめで、主従をはっきりさせているからだろう。
お皿も印象的だ。
メレンゲと全く同じ色と質感のグレーで、ざらりとしたマットな地。
傾けないとわからないほど細かいプラチナが、全面にかかっている。
料理に器が同化している。
ミシュラン1つ星のシック・プッテートルからこの9月に独立した生井祐介さんの新しい店「Ode(オード)」は、広尾にある。
周囲にはフレンチ・イタリアンの名店がごろごろある、レストラン激戦区だ。
新しいビルの2階、13席のカウンターが調理台をコの字形に取り囲む。
個室が2室。インテリアはカウンターから、壁、玄関ドアに至るまで同じグレー基調。濃淡の少なく、マットな質感で、シンプルな空間を強調している。
シンプルな空間は、食材を引き立て、食べ手の視線を自然に目の前の料理に向かわせる。
コースはおまかせ1種類。
ワインペアリングは全皿に1つずつ、個別の料理に照準を合わせたものが提供される。
ドラ○ンボール
パプリカ /チュロス / ウニ
キャヴィア / じゃがいも / タルト
秋刀魚 / ブーダン / 茄子
大根 / 大根餅 / 烏賊
椎茸 / 豚皮 / 昆布
スマガツオ / ロックフォール / リンゴ
すじあら / ジロール / アルベール
仔鳩 / デーツ / もやし
紫蘇 / ヨーグルト
栗 / 蕎麦 / ローリエアイスクリーム
パプリカ / チュロス / ウニ
poivron / Churros / Oursin
最初のフィンガーフード、チュロス。
「儚(はかな)い」はずが、最初からいきなり、強いものに強いものを合わせてくる。
言葉を変えれば、濃いものに濃いものを当てて行く感じだ。
チュロスの上の濃い2種のソースは西京味噌と雲丹。どちらもコクがあり、甘い。
揚げ切る前に火から上げてあり柔らかい。
「手は少し汚れると思いますが、どうぞ手でお召し上がり下さい」
指先に残るたっぷりのソース。
そのままナプキンで拭いてしまうのは惜しい。思わず指をペロリと舐める。その量からしても、チュロスよりソースが主役だと思えるからだ。
そのねぶる動作も、計算のうち。子どもっぽいしぐさで、緊張感がほぐれる。
大根 / 大根餅 / 烏賊
Radis Japonais / Radis Moch / Seiche
見た目カネロニ、中身はほうれん草ならぬ豚バラ。
注がれたスープは豚の脂分とイカのだし。
これはうまみが強調されて感じる。さんまの皿と同様、肉と魚介類の組み合わせだ。
スープは紅茶ベースで、特徴的な香りは八角やシナモン、クローブ…とくれば、中華で必須の五香粉だ。
すじあら / ジロール / アルベール
“Suziara” / Girolles / Albert
九州産の5kgのくせのないすじあら。しっとりとした仕上げ。
この皿の主役は2種のソースだ。サバイヨンソースとソースアルベール。
ソースアルベールのバターの香りと、サバイヨンソースの酸味と甘味。
味はどちらもしっかり濃い。
ただし、ホイップしたのではないかと思うほど軽やかだ。
クラシックな感じに見えて、昔のソースとはたぶんずいぶん変わっているのだろう。
仔鳩 / デーツ / もやし
Pigeon / Datte / Soja
ランド産の仔鳩に、甘酸っぱいデーツのソース。
上の細いものは豆もやし。「鳩には豆」というシャレだけで選ばれたのではないだろう。鳩のうま味を邪魔しない。
主張のあるもの同士、強いものと強いものの組み合わせは、味覚だけではない。
この仔鳩の料理にある「強いもの」は色。
ひと目見たら忘れない、鳩の血を思わせる真っ赤な皿。
先ほどの、料理と同化していたさんまのメレンゲのグレーの組み合わせと対照的だ。
Odeの器はほぼすべて、佐賀・有田のカマチ陶舗さんの製作だという。
肉と魚、酸味と酸味、ソースとソース、色と色、そして料理と皿。
どれも、明確な意図を持って組み合わされている。
コースを作るパーツはどれも意識的に選び取られ、ひとつのストーリーに向かって組み立てられたことが、明確に感じ取れるものだ。
「ひとつのストーリー」とは、シェフ生井祐介さんの、店名になっているオード(抒情詩)にのせて、料理人や生産者の思いを伝えたいという明確なメッセージだ。
冒頭で、皿と料理が同化していることに触れたが、よくよく周囲を見回すと、店内の質感と色も、料理と同じになっているのだった。
「料理」と「皿」が同化しているように、「店内」と「皿」と「料理」も同化している。
それに気づいたとき、自分の周囲のすべてのものが料理に向かって収斂(れん)されて行き、自分の目の前に世界の中心があるような、不思議な感覚を味わった。
初めて味わう感覚だった。
レストランで体験できるものの可能性は無限だと思わせる瞬間だ。
この感覚は、積み上げられたピースのバランスがとれていなければ生まれないだろう。
食後、生井さんのいう「儚(はかな)さ」とはどんなものなのか、たずねてみた。
「料理はその場で消えるという意識、ですかね」
儚(はかな)いものほど、記憶に長く残る。
「強さ」は味の濃さではなく、ひとつのストーリーに向かって明確に束ねられた意思の「強さ」なのだ。
Ode(オード)
東京都渋谷区広尾5-1-32 ST広尾 2F
TEL 03-6447-7480 日休
月~土 12:00~13:00LO 18:00~21:00LO
昼6,000円 夜13,000円 ペアリング9,000円
公式 http://restaurant-ode.com/