5年前のその日も、大雪だった。
2013年1月。
その日、わたしは小松の料亭にいた。
スペインの著名なレストランで修業したのち、帰国して地元・石川の日本料理店で働いている料理人さんがいると聞いて、会ってみたいと思ったのだ。
東京ならいざしらず、石川に、スペインで修業して懐石料理を作っている料理人さんがいることに興味を惹かれたという、無責任かつ野次馬的な動機だった。スペイン料理の手法で、これから懐石料理を作っていかれるのだろうかと。
そして失礼なことに、そのとき、料理人さんとどんな話をしたか、もう思い出せない。
ただ覚えているのは、いきさつを話し、ご挨拶させてほしいとご主人に頼んで、その料理人さんにお目にかかって、いろいろとお話をうかがい、名刺交換をした…それだけ。
その料理人さんが、いまSHÓKUDŌ YArn(ショクドウ ヤーン)のシェフをしている、米田裕二さんだ。
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5年ぶりに飛んだ小松は、今回も、大雪にみまわれていた。
JR小松駅からクルマで10分。
商店と住宅が混在する細い道沿いに、三角屋根の平屋の建物がぽつんと建っている。
YArnのもうひとりのシェフ、奥様の米田亜佐美さんのご実家である撚糸工場をそのままレストランにしたらしい。
室内にはオリーブの木と薪ストーブ。
木目を活かした建物は簡素で美しく、フロアからガラス張りの厨房がよく見える。
夜のコースはおまかせのみ。
これより数品少ないショートコースもある。
メニューを渡されるが、どんなものが出るか、想像がつかない。
まず最初の料理からわからない。
そもそも、なんて読むんだろう?
抹ーロン茶+Nerikiri+jamon
本日の突き出し(ちんぴらごぼう)
とーてもごまったSchiacciatina
Takenoko VinTAGSe2017
Nikujaga
南瓜の炊いたん
The Only WAN ver.三とう流風
あorい
Himiudonarajin
ホッとするサラダ
Teriyaki S&S
げらん、ドミソ
ぷりん
みりんご
ミニャルディーズ
コースが始まる前に、「今回のお料理をSNSなどにアップされる場合は、1品か2品にしてください」と、異例ともいえるお願いをされたが、なるほどと思った。
事前にネタバレ記事を読んで内容を知ってしまうと、ここの料理の大きな魅力である「食べるまでわからない楽しさ」が半減するのだ。
(だからといってご紹介が2品ではちょっと足りない気がするので、これからお店へ行かれるかたは、少し下までスクロールして、料理解説部分は飛ばしてください。)
抹ーロン茶+Nerikiri+jamon
「まーろんちゃ+ねりきり+ハモン」。
温かい抹茶は地元の「臥龍山」。わずかに和三盆。そこにウーロン茶を加えたお茶で胃をあたためる。
練り切りのような中身は、能登のころ柿。
ハモンは44ヶ月と、ホセリート36ヶ月の2種類。うまみが違うのがよくわかる。
ホセリートの方がもちろん高価だという。
Nikujaga
見た目が楽しいひと皿。
食べたらもう、誰がなんと言おうと肉じゃがだ。
じゃがいもは、シャドークイーンとノーザンルビーときたあかり。
蒸して、ミキサーにかけたものをまんまるの球形にしている。
The Only WAN ver.三とう流風
「オンリーワン・バージョン・3トリュフ」。
ワンは「椀」。
奥井海生堂のH25年産昆布と、血合いを抜いたマグロぶしのだしを、米田さんが目の前でひく。コーヒーサイフォンで、ひきたてのだしが目の前で注がれる。うまくないわけがない。
そこに真鯛のしんじょと、3種類の黒トリュフ。しんじょの中に練り込んだトリュフと、シャーレで提供される2種類のスライスの黒トリュフ。
出来上がりはロマネスコや紅芯大根、車エビ、エディブルフラワーなども入って、華やかなお椀になる。
ホッとするサラダ
こちらは一転、濃いめのかつおだしとサラダの組み合わせ。
葉物とレンコン、タピオカの粒。
組み合わせとして合うのかな?と考えたのは愚問だった。
あたたかいだしがすべてをまとめる。
Teriyaki S&S
「てりやき ソルトアンドシュガー」。
氷見のブリの照り焼きだ。砂糖と醤油で、ブリの外側はぱりっとしている。
たぶんこれはクレームブリュレと同じ、キャラメリゼ。ブリは照り焼きよりキャラメリゼで
中の風味も水分も保たれるのか、と思う。
付け合わせは加賀野菜・源助だいこんの泡。
ぷりん
提供する直前に、人数分ちゃんとだし巻き卵と同じように巻いているのだそうだ。
いぐさは、小松の宮本農産さんのもの。
ふたりの作る料理の特徴は何だろう。
そしてこの楽しさは、どこからくるのだろう。
メニューを、もう一度読み直してみる。
肉じゃが。南瓜の炊いたん。氷見うどん。照り焼き。プリン。
和食は和食でも、懐石料理のようなかしこまったものではなく、もっとフランク。どれも、日本人ならだれもが一度は食べたことのある家庭料理のラインナップだ。
スペイン料理かな?と見せながら、アウトプットされたものは和風。
料理が運ばれるまで、何が出るかわからない。出てきてあっと驚き、説明を聞いて、口に入れるとなるほどと納得する。その繰り返し。
その途中で、自分が知っている家庭料理の味を逆に思い出したりもする。
調理法と、その結果の見た目と、味のギャップが、ふたりの料理の楽しさだ。
モダンスペイン料理の手法で、日本の家庭料理を。
新しい技法で、懐かしいものを。
スペインでの修業で得た分子料理のテクニックを用いてふたりが提供したかったものが、日本の家庭料理だというのは示唆に富む。
星付き店で学んだことをいざ自分の表現手段にしようと思ったときに、同じような星付きの、ハレの、祝祭の料理ではなくて、むしろケの、日常の、懐かしさを感じられる料理にしたいというふたりの意図が、目の前の料理によくあらわれているからだ。
その思いを形にするときに、伝統料理といえども日本の懐石料理の手法で家庭料理を…ではなかったのも特徴的だ。
また、メイン食材、ソース、付け合せというように、形が強固に決まったフランス料理でもなかった。ここは、モダンスペインの小皿(多皿)料理の、その素材だけをぽんと提示するような手法が向いているだろう。
修業中のふたりが深く心を動かされたのは、モダンスペイン料理の一見奇想天外に見える料理にも、スペイン(あるいはカタルーニャやバスクの)伝統料理のベースがあることだったのではないかと思う。
だからこそ、スペインで学んだテクニックで、ふたりはスペイン料理ではなく、彼ら自身がなじみ深い日本の家庭料理を表現したのだろう。
地元・石川の食材を使って。
そのことでYArnの料理は、ふたりにしか表現できないような、ひとひねりある、楽しいものになった。
ここでの面白い、楽しいという体験は、ゲストそれぞれの家庭料理にまつわる楽しい思い出や、懐かしさを呼び起こす。
だし巻き卵の入ったお弁当箱やいぐさのランチョンマットの例を出すまでもなく、だれもがここで、自分の懐かしいエピソードを何か1つは思い出すはずだ。
もちろんわたしにも、それはおとずれた。
みりんご
「みりん+りんご」。
最後のメニュー、テーマは雪だ。
みりんのアイス。そしてミルフィーユ生地、りんごのフリーズドライ。
皿のへりには酸味を足すためのざくろの粒と、粉雪を連想させる粉砂糖。
上からざくざくとスプーンでくだくと、それは積もった雪を踏みしめる音に聞こえ、アイスは、雪に足を踏み入れる触感に結びつく。
アイスの冷たさと林檎のさくさくとした食感と、温度と触感と音感が、外のしんしんと降りつづく雪と共鳴する。
それを掬うスプーンが、木製の皿に当たってコツコツと音を立てる。
店内は本当に静かで、外で降る雪の音が聞こえるのではないかと思えるほどだ。
外では、いま、しんしんと雪が降っている。
目の前の料理と外の世界が、食べながら頭のなかで交わる。
そのとき突然、5年前のあの日の小松の雪を思い出した。
道に迷って、慣れないカーナビで目的地を探したあの日。
あのときの雪と今降っている雪がつながって、食べながら、不覚にも涙が出そうになった。
それはわたしだけの、まさにあのときの「懐かしさ」だった。
深夜。
店を出てみたら、雪は来たときよりさらに深くなっていた。
融雪装置も間に合わないほどのスピードで、車道のアスファルトを雪が埋め尽くしている。
小松駅までまた、白い悪路を揺られる。いまタクシーの窓から見る雪も、次にここを訪れたときにきっと思い出す、新しい懐かしさに繋がっていくような気がする。
あの日も、今日も、その先も、懐かしさはきっと繋がっていく。
撚り合わされた糸のように。
SHÓKUDŌ YArn(ショクドウ ヤーン)
http://shokudo-yarn.com/
石川県小松市吉竹町1-37-1
0761-58-1058
12:00~15:00(L.O.13:00)、18:00~19:30(L.O.)
日曜、第3月曜休
1/19発売されたばかりの専門料理2月号、特集8軒のうちの1軒にYArnが出ています。
婦人画報10月号小特集「北陸イノベーティブレストラン」紹介6軒のうちの1軒にも。