ご恵贈いただきました。
海外に出かけて食べる食事は、その国の暮らしを端的に旅行者に感じさせるもの。そのとき、その国で初めて食べた食事なのに、食べたことがあると感じることは多い。
2年前に初めてイランを旅行してイスファハン近郊・トゥデシクの民宿に泊まったとき、朝昼夜と毎食出てきたのは、コメを中心に、クミンやコリアンダーなどのスパイスを多用した「カレーのようなもの」だった。それと、必ず出るヨーグルト。
本書を読むと、イラン(ペルシャ料理)は北インドやパキスタン料理の仲間だという。ペルシャ系のムガール人は北インドに起源を持つらしい。そして、ペルシャ料理は、現在のアラブ・インド・イベリア半島の料理に影響をおよぼしていると説く。
それほど相互の影響が大きく歴史もあるわりにペルシャ料理の影が薄いのは、家で作る料理を良しとする考えに基づく「貧弱なレストラン文化」によるものだと著者はいう。もちろん、政治的・文化的な孤立によって、西洋諸国に伝えられてきていないということもあるだろう。
いうまでもなく、食文化は国単体でそれぞれ個別に発展していくものではなく、必ず、歴史や風土や人的交流の影響を受けながら伝えられていくもの。本書では、世界の39の国と地域の料理を基点に、「すべての料理は”混血”だ」という立場に立って、その人間と料理の有機的なつながりを、食材を通して解き明かそうとしている。
[目次]
ヨーロッパ
(フランス/スペイン/ポルトガル/イタリア/東ヨーロッパ/ドイツ/スカンジナビア)
コラム ピメントン
コラム 塩漬けタラ
中東
(トルコ/レバント地方/イスラエル/イラン)
アジア
(インド/タイ/ベトナム/中国/朝鮮/日本)
コラム 米
コラム 大豆
アフリカ
(エチオピア/西アフリカ/モロッコ)
コラム キャッサバ
南北アメリカ
(カリフォルニア/ルイジアナ/メキシコ/カリブ諸島(ジャマイカ)/ペルー/ブラジル/アルゼンチン)
国ごとに章立てしてあり、辞書のように使ってほしいともあるが、本書はあくまで「イギリスのフードジャーナリストが個人の思い入れとともに綴ったエッセイ」であり(訳者あとがき)、それよりは、それぞれの国の”つながり”に注目しながら読み進めるほうが、世界の食文化についての理解が深まるだろう。
例えばフランスの項で、フランス料理に端を発したスペインや北欧でのここ20年の「新たな試み」が語られ、また、スペイン・アンダルシア料理に残るイスラム料理やイスラム風のものが、スペインが植民地化した新世界に伝わっていることにも触れる。本書は、料理を通して語られる歴史地理学の入門書のようにも読むことができる。
39の国と地域、それぞれ1冊の本にしてもいいくらいのところを、420ページもあるとはいえ1冊にまとめてあるのだから、1地域ごとの内容は相当に大づかみなものだ。それが上滑りにならないのは、各章に挟み込まれた100種類近くの郷土料理のレシピであり(日本の章のレシピはなんと「初歩のうどん」!)買い置きしておきたい食材のリストである。著者は、キッチンから異国の味を思い出しているのだろう。
大づかみであるがゆえに、世界の食がどのようにつながっているかをざっくり理解するには早い。そこで気になった料理については、自身で掘り下げていけばいい。巻末には8ページにおよぶ参考文献。本書は、そのような好奇心の良い入り口となるのだろう。
カバーを開くと1枚の地図。帯まで一体となったつくり。
食べる世界地図
原題:The Edible Atlas Around the World Thirty-nine Cuisines
ミーナ・ホランド/著 清水由貴子/訳
出版社名 : エクスナレッジ
出版年月 : 2015年4月
ISBNコード : 978-4-7678-1958-7
税込価格 : 2,376円
頁数 : 431P