神楽坂の細い坂を上がった先にあるラ・トゥーエルは、東京のトゥール・ジャルダンを長年率いた清水忠明さんが1993年にオープンさせた店で、日本のフレンチレストランでは老舗の部類に入る。
2012年よりシェフを務める山本聖司さんはその4代目。シェフが変わっても、真面目に、奇をてらわない正統派のクラシックという路線を守っている。
アール・ヌーヴォーのシャンデリアをしつらえたインテリアは、オープン当時からほとんど変わっていないらしい。
本日のメニュー(menu Parole)
基本的に昼夜ともコースのみ。予算に応じてアレンジを。
アミューズブーシュ
3段重の冷たいアントレ
舌平目のショー・フロワ
オマール海老のタブレ 柿と燻製鰻と鰯
牡蠣のスフェリカス 白烏賊 エストラゴン
様々な茸のコンソメ 秋トリュフ
フォアグラのフラン 蕎麦のリゾット
ハタのポワレ 骨ジュ シェリーとマデイラ
スコットランドより 雷鳥の低温調理
藁燻製の鰹 明日葉 パドゥーバンマサラ
アヴァンデセール
ミル・フィーユ
牛乳ソルベ 苦いキャラメル レモングラスの泡
ミニャルディーズ
3段重の冷たいアントレ
一度見たら忘れられない器。
佐賀・有田の李荘窯さん作成の「球体の三段重」だ。
おせちのお重として作成されたものだが、フランス料理も合う。
この球体の2段目の「オマール海老のタブレ」は、燻製のスモークを詰めてある。テーブルの上で上段を外した瞬間、ふわっと燻製香の煙が立ち上る演出だ。
タブレの上に、複数の甘み(柿と鰻)が載っていて、鰯の青っぽさが締めている。お惣菜でおなじみのタブレが上品な前菜になるのは、上の食材の切り方が繊細で計算されているからだろう。
牡蠣のスフェリカス 白烏賊 エストラゴン
3段目の牡蠣も、繊細さを強調した料理だ。
スフェリカス(カプセル)なので牡蠣の姿はなく、コーティングされているので牡蠣の香りとうまみだけがあとに残る。海ぶどうと、烏賊と、細く刻んだ青リンゴのぷちぷちとサクサクの食感が楽しい。
様々な茸のコンソメ 秋トリュフ
フォアグラのフラン 蕎麦のリゾット
茸とフォアグラ、うま味にうま味を載せる組み合わせ。
フォアグラも、先ほどの牡蠣も、形を消すことによって味や香りだけが印象に残る。
ハタのポワレ 骨ジュ シェリーとマデイラ
付け合せ(右)で目が覚めた。生のアーティーチョーク。ハタのコクに微量な苦みを差し込む感じ。付け合わせでひと皿の印象は大きく変わる。
そして、直球のミルフィーユ!
持ってくるあいだに崩れ落ちそうなほど空気をふくんだ極軽のパート・フィユテに、甘さ強めのクラシックでしっかりしたカスタードクリームが、ぎりぎりのバランスで挟まっている。
この「軽さ」と「しっとり」が共存する時間は短い。組み立て終わってすぐに出されたものだろう。
食べるのは時間との勝負。「これを食べてもらいたい」という山本さんの思いも伝わってくる。
写真はかろうじてこの1枚だけ撮った。
どの料理も、確かな技術に裏打ちされた、楷書体のような折り目正しさだ。
クラシックであるということは、昔からずっと作られてきた歴史が持っている「型」があるということ。
今回の料理でも、茸とフォアグラの取り合わせやハタに合わせる骨のジュなど、この素材はこう料理するという基本的な線が守られている。
「型」の有無は料理に限らず、芸事や芸術など多くのジャンルに共通する。具体的な料理の製法や素材の扱い方、調理技術など、それを守ればいちおうの形になる。
その技術を保証し、底上げをしてくれるのが型なのだ。
だからこそ、型があるものを脱してシェフの個性を出すのは、逆に今どきのモダンな料理で個性を出すことより難しいはず。山本さんは、その困難な道をあえて選んだということだろう。
席間を広くとってあるので声は聞こえないが、フロアは遮るものがなく、周囲のお客さんの様子がよく見える。
記念日においしいものを食べたいという、幸せそうなお客さんたち。
この日も、カップルが誕生日を祝っていた。今どき、デセールのときに大きな花束を渡す光景なんてなかなか出会わなくなった。
お祝いや再会の温かい雰囲気に包まれている店の料理に、ミシュランという評価体系を持ち込むのは無粋なように感じられるが、ここも東京のレストランとして例外ではない。
評価は何のためにあるのか。もちろん皿の上に載るものの良し悪しを客観的な星の数であらわすものであることは承知している。
しかしこの店は、ひいては山本さんの料理は、そのような評価があろうがなかろうが変わることなくこの店を選び、ひとときを過ごしたいと願う、幸せな人たちのために在ってほしいと思う。
La Tourelle
東京都新宿区神楽坂6-8
03-3267-2120
営業時間:11:30〜14:30 / 18:00〜22:30
定休日:月曜日・第三火曜日