最初の訪問のとき、アンバランスな感じがしたのだ、実は。
館内に足を一歩踏み入れると、天井の高い、広々とした空間。美瑛のビブレや真狩村のマッカリーナを手がけた、内藤廣氏の手によるものだ。
贅沢な空間を使い、美術品を館内に並べながら、内装自体は豪華ではなく、どちらかといえばさっぱり、飾り気のない印象を受ける。
レストラン内のテーブルセッティングはシンプル。
テーブルクロスもない。カトラリーをテーブルに置くサービスも省いて、引き出しの中からめいめいが必要な分を取り出す、流行りの北欧式だ。
「富山の迎賓館」と呼ぶ人もいるくらいのホテルとしては、ちょっと、そっけないような気がしたのだ。
今回は2度目の訪問だった。
館内は前回と変わらず美しい。
派手で豪華、ではなく、機能から導かれる洗練された美しさがある。
ホテル「リバーリトリート雅樂倶」は富山空港からクルマで20分、市街地からもそれほど遠くない。
けれどいったん館内に入ると、見えるのは目の前の神通川のみの、非日常の空間だ。
「レヴォ」は、リバーリトリート雅樂倶内のレストラン「西洋膳所 サヴール」のあとに、2014年5月にオープンした。
サヴールはフランスの(当時)3つ星「ベルナール・ロワゾー」と提携していた。店名はフランス語で「味覚・味・風味」という意味で、ロワゾー夫人が名付けたものだ。
シェフは谷口英司(たにぐち・えいじ)さん。ベルナール・ロワゾーで修業し、サヴール時代から現在のレヴォまで、変わらずシェフをつとめている。
メニューはおまかせ1種類。
どれも、富山の地名+食材の組み合わせ。
富山の食材に愛情を注いでいるという谷口さんの意思が、色濃く出ている。
prologue
岩瀬(いわせ)ヒラマサ/自家製キャビア
大山町(おおやままち)月ノ輪熊
四方(よかた)ヤリイカ
岩瀬(いわせ)万寿蟹/生地(いくじ)白子
L’evo鶏
新湊(しんみなと)ノドグロ
大山町(おおやままち)猪
婦中(ふちゅう) 苺
呉羽(くれは)レクチェ
シンプルな内装と比べて、料理は美しく華やかだ。
見た目も、味も。
メインの食材、脇役の食材、トッピング。
うま味に甘み、酸味に塩味。複数の味を重ね、載せる。
最後に味の目鼻がつくものが足されて、ひとつの皿が完成する。
足し算で作る、正統派でオーソドックスなフランス料理だ。
それなのに「これまでに食べたことのある」感がないのは、谷口さんの才能と技術だろう。
岩瀬(いわせ)ヒラマサ/自家製キャビア
見た目にも美しいひと皿。
印象的な硝子の器は、富山のガラス作家、小島有香子(こじま・ゆかこ)さんのもの。
ヒラマサのうまみは強め。昆布締めのような風味に感じる。熟成させているのか。ヒラマサ単体でも味はととのっているところに、キャビアが載る。キャビアは国産で、味付けは谷口さん自らの手によるもの。わずかに燻製香がかかっている。
大山町(おおやままち)月ノ輪熊
強い味と強い味の組み合わせ。
熊の肩ロースにウニを合わせて、上に熊の煮凝りを載せる。
熊の脂がとろけるように甘い。複雑な甘さは、熊の脂の甘さと、ウニのコクのある甘さによるもの。それぞれ強い味のはずなのに、お互いの強さがバランスよく調和している。
岩瀬(いわせ)万寿蟹/生地(いくじ)白子
もったりした白子。合わせるのはの万寿蟹のブイヤベースに外子と内子。
アクセントの蕎麦の実の食感と、ヤギのチーズの泡の香りが楽しい。
蟹と白子のうま味は冬のご馳走だ。
L’evo鶏
このメニューのために専用に養鶏してもらっているという”L’evo鶏”。
45日の若鳥を一夜干し、富山の日本酒・満寿泉(ますいずみ)の酒粕を詰めて、どぶろくを塗って焼いてあるという。付け合わせはマスタードソース。
新湊(しんみなと)ノドグロ
ノドグロ、かぶのエクラゼ、酒粕のスープ。酒粕は満寿泉だ。
トッピングのたっぷりとした黒トリュフは、香りを足すだけでなく、食感と味も足して、全体の味の輪郭線の役割をしている。
谷口さんの料理のエッセンスとなっているのは「足していく」感覚だ。
目鼻立ちが整った料理、という感じがした。
富山の食材の豊かさを実感できる料理たちの、食材ひとつひとつは決して、いわゆる「高級食材」を使っていない。
キャビアは国内産、ヒラマサやノドグロ、万寿蟹は高級食材というよりは、ここでは地元食材の扱いだ。
フランスの高級食材を使わず、富山の食材で作る。
海にも山にも近い地理条件を活かし、海のものや山のもの、またうまみの強い酒粕などの発酵系の食材を層にしてのせてくる。
私の最初の訪問は、2014年12月だった。
そのときアンバランスな感じがしたのは、建物とイメージのギャップだけではなかった。料理も「前衛的地方料理」(公式サイトより)の通り、前衛的なテクニックが前面に出たものだった。
料理は、あのときの印象とかなり変わった。今回は、谷口さん自身の、本来の料理はこれだ、という迷いのなさが感じられた。料理のトーンがどれも揃っていたからだ。しかもそれは、単調であることを意味しない。
いま料理の代わりに前衛的なイメージを担っているのは、器だ。
ほとんどが富山の現代作家のものらしい。
ガラスの器は小島有香子さん、万寿蟹と白子が入った器は釋永岳氏の「飲みすぎる杯」。
他にも、シンプルなテーブル、富山のしけ絹で作られたメニュー表と卓上のランプ、ゴブレットなど。これほど徹底して県内のもので揃えられるのは、工芸の盛んな富山ならでは。
豪華ではないが、洗練されたもの。
料理を支えるこれらの器が、料理をいっそう魅力的なものにしている。
谷口さんの、富山の食材や器に対する徹底ぶりは、谷口さんの言う「チーム レヴォ」ということばによく現れている。
単に食材を調達するだけではなく、自ら生産地へ出かけ、生産者とともに新しい食材を生み出す。谷口さんがオファーをして生まれた、名古屋コーチンを掛け合わせた「レヴォ鶏」は、その代表的なものだ。
新しく生まれた食材はまた、富山の新しい魅力という円環の一部となって繋がっていく。
食材ひとつひとつは豪華な高級食材ではないように見えるのに、料理になると印象が変わるのが不思議だ。
「いま、好きなことやれてます」
ご挨拶したときの谷口さんは、笑顔だった。
谷口さんが料理を通して見せたいものはたぶん自己表現ではなく、いま、彼らが中心となって作り上げようとしている「チーム レヴォ」、あるいはチーム富山という名の、幸せな円環そのものなのだ。
L’evo(レヴォ)
http://levo.toyama.jp/
富山市春日56-2 リバーリトリート雅樂倶内
076-467-5550
水曜休
以下の4冊のうちはじめの3冊は、レヴォ谷口さんの掲載誌です。