春は山菜。
春に食べたいもののひとつは、苦いもの。
「春の皿には苦味を盛れ」のことわざ通り、生物も山も目覚める季節。
芽吹いたばかりの野菜や山菜で、冬に体内に取り込んでいたものを排出したくなる。
4月なかばの山形は晴天で、桜が満開だった。
東京から、新幹線で簡単に来れる山形。
実際に身を置いてみると、ああやっぱり東京とは空気が違うなと思う。
3週間前、東京の桜に降り注いでいた日光は、これに比べるとまだ弱かった。
北国の春は一度に来る。山形の春は東京のそれよりも光量が強く、春の凝縮度が高い。
山形県の中央部、西川町にある料理旅館「山菜料理 出羽屋」は、山形の霊峰・月山の登山口にある。
地元で食べられている山のものを用いた料理を、昭和初期の創業以来、参拝に訪れる行者たちへ提供してきた。
そんな歴史のある出羽屋で数年前から始まった、1日ひと組のシェフズテーブル。
出羽屋4代目佐藤治樹さんが、カウンターで出来立ての山菜料理を提供するというものだ。
コースは最初から最後まで山菜料理と聞いていた。
そういえば、これまで山菜料理といえば、懐石料理のなかのひと品とか、天ぷらのコースに春だから数品とか、その程度だった。
だから軽く考えていた。「山菜料理のレパートリーとは、それほどたくさんあるものなのだろうか?」…と。
【山菜 季節の山菜】
最もシンプルなこのひと皿に、出羽屋の料理の本質が凝縮されていた。
この季節、必ず最初におひたしを出すらしい。
この日はあまどころ、木の芽、しどけ、にりんそう、あいこ。
採取されたばかりの山菜はすべて、味も風味も全く異なる。
苦味はほとんどなくて、どれもほのかな甘みややわらかい香りがある。
あくぬきはほぼ不要なのだそうだ。
ゆでただけで出せるのは、明け方に採取して午前中には下処理を終えられるというこの立地ならではだろう。
山菜は風味の変化が速いから、数時間、数分単位で香りが変化してしまうだろうことは想像にかたくない。
採取した直後は生で食べられるものもあるそうだ。
【熊料理 月ノ輪熊ラルド 独活】
ツキノワグマのラルドで巻かれたうど。上に山椒の粉末が載っている。
脂がしっとりと新鮮だ。くさみが全くなく、熊本来の肉の香りだけがある。
まだ何も食べていない180kgの個体という。
冬眠から覚めたばかりのものを4~5日前に仕留めたということで、佐藤さんも解体に携わったという。「冬眠直後でもがりがりに痩せているというわけではないんだ」と思ったそうだ。
熊は味の個体差がとても大きいし、いつも出会えるわけではない。これはこの日に来られた幸福な「出逢いもの」だ。
【おしのぎ ふきのとううどん】
シンプルなおしのぎ。麦切りうどんを豆乳ベースで、ふきのとうがふんだんに入っている。
豆乳の甘さとふきのとうの苦さ。
「乳」の感じがコースの途中に入ってくると満足感が増す気がする。
【揚物 焼干鰍 山菜】
鰍(かじか)を2度干して素揚げしたもの。
鰍は日本固有の淡水魚だ。海の魚を日常的に食べる私にはあまり食べる機会がなかった。
こちらでは鰍を鰹節の代わりのように使うこともあるという。
囲炉裏の天井からつるして干しておくと、鰍に燻された香りが自然につくのだそうだ。
佐藤さんの料理はどれもシンプルで、この近辺で長年作られてきた家庭料理を思わせる。
歴史ある料理旅館で始まった紹介制のシェフズテーブルということで(2021年頃まではシェフズテーブルは紹介制だった)、最初、とがったイノベーティブな山菜料理なのかと身構えて行ったがそうではなかった。
味がどれもシンプルでやさしいのだ。
シンプルな料理は、シンプルであるからこそ鮮度のごまかしがきかない。
数時間単位で風味や食感が変わっていく山菜は、この場所でないとこの味にならないのだろうと思う。
国内津々浦々まで物流が発達したおかげで、最近では山奥にあっても新鮮な魚介類や遠隔地の野菜が使える。
その便利さは一方で、その土地ならではの料理を出すことを難しくした。
生産地の近くに料理店を構える必然性が減った現代にあってなお、出羽屋で出される「山菜料理」というジャンルは、ここでしか食べられない数少ない料理かもしれない。
そんなわけで、物流の発達のおかげで「ここでしか食べられないものがある」ということが貴重なものになったとするならば、物語、つまり食材にまつわるストーリーも貴重なものになったということだ。
「自分たちだけが食べていたものを、お客さんがわざわざ来て食べて喜んでくれるのはありがたいことです」と佐藤さんは言う。
この地で飢えをしのぐものだった山菜がまだ「山菜」という呼び名がなかったころから、出羽屋はこの場所で山の恵みを料理として出してきた。
その歴史から、後年きのこそばなど山のものを盛り込んだ「山菜料理」を提唱したのがこの出羽屋なのだ。
出羽屋の周辺の山々は、春~夏は山菜、秋はきのこ、冬は熊や根菜とさまざまな見どころがある。
外から来る私にはなんとなく、山菜料理といえば春のイメージがあった。
「それは、スーパーマーケットがイメージとして提唱したからです」と佐藤さん。
山菜料理とは本来「山のおかず」というような意味で、もっと広い内容を含んでいるらしい。
確かに、山菜料理は別に春だけのものではなく長い期間あるし、冬も保存食として漬け込んでおいた山菜料理がある。
そう聞いてもやはり「春は山菜」と思ってしまうのは、山の中で新芽が一斉に芽吹く鮮烈なイメージに惹かれるからかもしれない。
月山の水を含んだ四季折々の「山のおかず」たち。
佐藤さんたちはその恵みを求めて、日々山に入る。
採集するのは、山菜だけでも約30種類、きのこも30種類ほど。
それだけのものが採取できるためには、いつも山に入り、時期がきたらそれらを適切に採取し、人の手を入れ続ける必要があるという。
ただ採取するだけの一方通行ではない、その循環の中に佐藤さんたちがいる。
山と生きる、山に生きる。
彼らがそのことを体現していくこと、そして私たちがそれを知ることで、この目の前のひと皿が、次の世代につながっていく。
(おまけ)天童市・腰掛庵のいちごわらび
いちごを1粒、みずみずしいわらびもちとこしあんで包んだ和菓子。
期間限定、出羽屋の前後にぜひ。購入後すぐに召し上がるのがおすすめ。
予約販売不可になったので午前中に行った方が確実です。
天童市で4月に行われる人間将棋でも、駒を動かすプロ棋士の先生方に振舞われているそうです。
山菜料理 出羽屋
山形県西村山郡西川町大字間沢58
Tel.0237-74-2323 [9:00 – 20:00]
https://www.dewaya.com/