その「誘い」は突然やってきた。
「聞いてます?」
いえ、まだ。
「1卓しかやりません」
貸切?
「他のテーブルは通常料理」
えっ。他のお客さんいて、2種類のコースを並行で作るの。
実施日は?
「来週月曜緊急開催」
Sublime(新橋)で、シェフの加藤順一さんとTirpse(白金台)のシェフ春田理宏さんが一緒に料理を作るコラボがひと晩、1卓だけという贅沢な形で行われた。
2011年ごろから国内でも盛んになった4hands、つまりいつもは別の店にいるシェフ同士が料理を作るコラボは、誰と誰が組むかで無限の形が出来上がる。
今回の、加藤さんと春田さんの組み合わせが貴重なのにはわけがある。
加藤さんと春田さんの共通点は、北欧で修業経験があること。
加藤さんはAOC(デンマーク)とアングルテール(同)に2012~2014年ごろ、春田さんはKadeau(デンマーク)に同じころに勤めていた。
日本同様、外国人の就労に厳しい北欧で、西洋料理人として働いたことのある(研修でなく)日本人は、これまで片手で足りるほどしかいないと聞いた。
彼らはその貴重な「片手」のうちの2人だ。
加藤さんは現在32歳、春田さんは28歳。
そんな彼らが、修業先から帰国してシェフに就任する時代になったのだ。
本日のメニュー
ポークスキン
シーバックソーン
パースニップ
エイブルスキーバー
浅蜊 ハーブ(ディル)
牡蠣 コールラビ パセリ
独活 雲丹 ピスタチオ
マッシュルーム
ヒゲ鱈 ケール ブール・ノワゼット
仔鳩 ビーツ
苺ミルク
ショコラ アグリューム
ローズヒップ
栗の花の蜂蜜
素材の形が無い。
あるのは美しい色の重なりと、味覚の重なりだ。
シーバックソーン
最初の4品はスナック的構成。
シーバックソーンとは、北欧の寒冷地帯に育つ粒状のオレンジ色の果実。
柑橘類が実らない北欧では、ビタミンCをこれで摂取するのだそうだ。
エイブルスキーバーは、デンマークで食べられているお菓子。
日本人としてはたこ焼きに形状がそっくりなこれはお菓子でなく、このような前菜の方がしっくりくる。
加藤さんがいつもスナックで出している料理。飛び出ているのはホタルイカ。甘めの生地にけっこう合う。
懐石で、酢味噌の甘さに合わせているのを思い出させる。
パースニップ
甘いパースニップのペーストは、このスナック状のものの中に入っている。
外のスナックは何で出来ているのだろう?外のカリカリと中の甘いかたまり。
口に入れるまではどんな味がするのか想像がつかない。
中も見えないし。
いつもの彼らの料理よりも、大きくモダンノルディックに振った構成のように感じられる。
二人がそれぞれ通常作る料理にも入っているノルディックの要素が、前面に出ている。
「モダン」な料理のはずなのに、食べていて、何か、もっとプリミティブな感覚がある。
なぜだろう?
牡蠣 コールラビ パセリ
コールラビ、はわかる。蕪のような野菜なので、この外側の白いものだ。
じゃあ、牡蠣はどこ?
このコールラビの中に入っているものか、ソースに入っているか。
たぶんミキサーにかけてあるか刻んであるかで、味と香りだけ。
形は見えない。
独活 雲丹 ピスタチオ
面白いな。メインの食材と付け合せ…ではなく三つの素材がそれぞれ同じ比重で置かれている。
雲丹の魚系のこくを受け止めるニュートラルさを持ったしゃきしゃきの独活、そこに食感と香りを足しているピスタチオ。
なぜこの3種の組み合わせなのか、春田さんに聞いてみた。
根菜と魚介類とナッツの組み合わせは、北欧にある料理の食材の組み合わせなのだそうだ。
なるほど。その変奏なんだ。
皿の上はピスタチオが全面を覆っていて、独活と雲丹の姿は見えない。
ピスタチオは粉末にして固めたのではなく、一つずつ削った(!)らしい。
だから粒が揃った感じがなくて、口に入れたとき、尖った部分や平たい部分があったのだ。
「ものすごくめんどくさい。手間がかかってます。かかってますけど、言わない」
そのめんどくささにこの独特の食感が支えられている。
ひと口食べて何となくすごいと思ったけど、なぜかわからなかった。
たぶん、このわざわざ削ったというムラのある感じが、食感に変化をもたらしているのだろう。
マッシュルーム
加藤さんが開店当時から出している、キノコを発酵させて作る濃いスープ。
今回は「加藤さんこの発酵薄くないですか?」とダメ出しをしたらしい春田さん作。
加藤さんのマッシュルームのスープよりは濃いめ。
下に温泉卵が隠れている。これはわざと見えないようにしてあるようだ。
見た瞬間、どんな味かがわからないように。
仔鳩
ロースト。これもご丁寧に葉物で覆ってある。
中は直球勝負で、セオリー通りの美しい焼き色。
昨年から、フランスからの家禽類が鳥インフルエンザのため輸入できず、出来るのはほぼ鳩だけ(鳩はなぜか家禽類に入っていないらしい)。集中するのでお店の間で取り合いになっていると聞いた。
デザートもテイストは一貫している。
ここまで、料理は二人で作っていたということらしいが、これはそれぞれが一品ずつ作ったとか。
苺ミルク(春田さん作)
多層的構成。
上の白いものがミルク。マルドセックとも違うし、何かさくさくに加工されている。
下に、赤い色ひかえめな苺クリーム。軽くナッツの破片のようなものが食感に変化を添えている。
果物の形は無い。
ショコラ アグリューム(加藤さん作)
上は軽いショコラ。
エアインチョコをもっと軽くした感じ。
下のマンゴーのような、オレンジのようなアイスと、シンプルな構成。
今回二人の料理を食べながら、この「プリミティブな感じ」がどこから来るのかを考えていた。
それは、これまで実際に現地で何食か食べてきたときの感想と通じるものだ。
その答えはたぶん、「素材の形が無い」こと。
視覚でどんな料理か想像がつかないのであれば、食べることはすなわち「味」そのものを口に入れることにつながる。
メインの食材は隠されていて、どんな味がするか食べてみるまでわからない。
そのあたりが、モダンノルディック料理に私が無意識に感じている「プリミティブな感覚」なのかもしれない。
加藤さん(左)と春田さん。
二人の息の合う理由の一つには、同じ時期に北欧で修業して、料理のベースや料理の「言語」が同じということがありそうだ。
「Relæ風に盛っておいて、って言ったら通じる(笑)」
「Relæ風? Kadeau風の方がよくないですか? って訊くんです(笑)」
このような盛り付けの方法という視覚的にわかりやすい部分だけでなく、料理の作り方の細かい部分でも、北欧料理ならではの共通理解というか、独自の「言語」で通じる部分が多いのだろう。
今回の二人の話を聞いて、素材の選び方などでいろいろ気づかされた部分が多かった。
彼らは、今日の北欧料理とはどんなものかを、作る側から日本語で語れる貴重な二人なのだ。
Sublime(スブリム)
シェフ;加藤順一
東京都港区新橋5−7−7 ロイジェント新橋B1
03-3578-8831
日曜休
TIRPSE(ティルプス)
シェフ;春田理宏
東京都港区白金台5−4−7 BARBIZON25 1F
03-5791-3101
日曜休・月1回月曜休
札幌京王プラザホテルでシーバックソーン(シーベリー)のスイーツを食べました。北海道産シーベリーのフレッシュな酸味が良かったです。
新鮮なシーベリーが北海道にありますよ。
佐々木さま
コメントありがとうございます。
ググって、北海道でシーバックソーン(シーベリー)の試験栽培を始めていると知りました。
そうやって実際にレストランの食材として使われているんですね。こんど北海道に行くときは注意して見てみます!